管理会社が管理組合との間の管理委託契約に基づいて負う義務を怠り、その結果、特定の区分所有者が損害を被ることがあります。この場合、誰が誰に対して、何を根拠に損害賠償を請求することができるでしょうか。
もしも管理会社の債務不履行が、管理組合が規約に基づいて区分所有者に対して負う債務の不履行にもあたるなら、被害区分所有者は管理組合に対して損害賠償を請求することができるでしょう。
しかし、そのような場合でないとすると、上記設問の解答は簡単ではありません。
なぜなら、管理会社は管理組合に対する関係で債務不履行があるとしても、管理組合に損害が生じていないとすれば、管理組合が管理会社に対して損害賠償請求をすることはできませんし、かといって、区分所有者と管理会社との間には契約関係がありませんから、区分所有者に対する関係では管理会社に債務不履行はなく、区分所有者が管理会社に対して債務不履行に基づく損害賠償請求をすることもできないからです。
契約関係がない者の間の損害賠償請求としては、不法行為責任(民法709条)によることが考えられますが、なすべきことをしなかったという不作為について、これを違法な行為であるというためには、作為義務が認められる必要があります。区分所有者と管理会社との間には契約関係がないので、管理会社は区分所有者に対して契約上の義務を負っていません。それなのに区分所有者との関係で作為義務があると言ってよいのか、作為義務の根拠は何なのか、が理論上、責任を認めるための大きな問題となります。
この点、管理会社が管理組合との間の遠隔管理業務契約に基づいて、機械式駐車場から警報の発報があった場合には25分以内にパトロール員を派遣して必要な措置を取る義務を負っていたところ、当日、台風のために発報が集中したことから対応が大幅に遅延したため、自動車が水没する被害が生じたという事案で、裁判所が、自動車の所有者である区分所有者の管理会社に対する損害賠償請求を不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求という構成で認容した裁判例があります(東地判H25.2.28、LLI/DB L06830237)。
判決理由では、管理会社名入りの「ご入居説明書」等において「24時間監視」により異常事態に備える体制が謳われていた事実が指摘されたうえで、管理会社は、契約書にあるとおり緊急出動する義務を入居者との関係でも負っていたと判示されています。
この判示は、管理会社が入居者に対して契約上の義務を負っていたことをいうものではないでしょう。単に名前の入った案内文書を配布するなどしただけで、管理会社と入居者との間に契約が成立したとするのは乱暴であり、裁判所がそのような認定をするとは考え難いですし、そもそも不法行為責任の成立をいうために加害者・被害者間に契約が成立していたと認定することは必要ありません。不作為が不法行為となる前提としての作為義務があったと認定される必要があり、そう認定できれば足ります。
そして、この作為義務については、「権利・法益を危殆化する先行行為(危険源の創設行為)または権利・法益を危殆化する領域を支配・管理する行為(危険源の支配・管理行為)を『不作為』と結びつけて捉え、これらの行為から、行為者の以後の行動の自由を制約してまで被害者の権利・法益侵害を回避するために一定の行為をすべき義務が導かれ、かかる作為義務違反を理由として加害者に損害賠償責任を負わせることが正当化される」と論じられています(潮見佳男『不法行為法Ⅰ〔第2版〕』347頁)。
上記裁判例の事案では、管理会社が管理組合との契約によって、「水没することのある機械式駐車場」についての警報発報時の緊急対応という「権利・法益を危殆化する領域」を「支配・管理する」地位に自らを置いたことが作為義務の根拠とされたものと理解できます。また、判決理由における管理会社が入居者に「安心感を与えていた」との指摘は、「24時間監視」などと案内して安心感を与えることにより入居者に自己防衛を不要と思わせたという意味で「権利・法益を危殆化する先行行為」を行ったものとして作為義務の根拠となりうるとの認識を示唆するものと読む余地もあるでしょう。
ここからは、冒頭に掲げた「管理会社が管理組合との間の管理委託契約に基づいて負う義務を怠り、その結果、特定の区分所有者が損害を被った場合、誰が誰に何を根拠に損害賠償を請求できるのか」という問題については、「当該区分所有者において管理会社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求が可能な場合があるが、その可否については、作為義務の有無について上述のような観点(管理会社が危険を支配・管理する地位にあったか、危険を招く先行行為を行ったか)からの慎重な考察を要する。」ということが出来そうです。