標準管理規約には理事会決議によって理事長を解職できる旨の規定はありません。
しかし、最判H29年12月18日(民集71巻10号2546頁)は、標準管理規約に準じた規約のもとにおいて理事の過半数の一致により理事長を解職することを認めています(一昨年もコラムに書きました)。
判旨に異論を唱えるつもりはありません。ただ、この判例を改めて検討していて驚いたのは、過去に標準管理規約改正の過程で行われていた議論の内容とその質です。
上記最判には、最高裁判所判例解説に解説があります(法曹時報71巻7号181頁)。同解説は、標準管理規約に準じて理事長の選任を理事会の互選とした規約の規定について「このような定めは、理事の互選により選任された理事長について理事の過半数の一致により理事長の職を解き、別の理事を理事長に定めることも総会で選任された理事に委ねる趣旨と解するのが、本件規約を定めた区分所有者の合理的意思に合致する」と述べ、その根拠のひとつとして、「国土交通省において標準管理規約の平成23年改正及び平成28年改正に向けて行われた標準管理規約の見直しに係る検討の際には、標準管理規約の定めを上記のように解することを前提とする議論がされていたこと」を挙げています。
なるほど、H22年に国土交通省が開催した「マンション標準管理規約の見直しに関する検討会」の第1回議事録を見ると、指摘されているような議論が記録されています。
すなわち、上記「検討会」では、アンケート結果にあった「理事長の解任について『理事会において理事及び監事の3分の2以上の賛成により理事長を解任することができる。』」という規定を設けるべき」との意見に対し、委員の間で「理事長の解任は普通、理事会でできるじゃないですか。」「ええ、そうです。」「だから、こういう問題提起は必要ないんじゃないかと思うので、理事としての立場もやめさせたいという場合にどうするかという趣旨かなと思った。」との問答がなされ、理事は総会で選任されているから理事会での解任は不可だとする意見が出て、事務局が、意見はアンケート結果をそのまま載せているものに過ぎない旨弁解して、議論はそれで終わっています。
上に引用した問答と、それに対して委員の誰からも異論が出ていないことに、私は驚愕しました。
標準管理規約のように理事長解職の手続きに関する明文の規定を欠いた規約のもとで、理事会が理事長を解職できることは、決して自明のことではありません。
代表者の選任・解任は組織にとって極めて重要な事項であり、その要件・手続きは明文をもって定められることが適切といえます。
区分所有法も管理者の解任を原則として集会の決議事項としつつ、そうでない扱いとするためには規約に別段の定めを置くことを求めています(区分所有法25条1項)。
しかるに、標準管理規約は、理事長の選任については理事会の互選と明記しつつ、解職については明文の規定を置いていません。
他方で役員の解任については総会の決議事項とする明文を置いていることに照らすと、理事会には理事長を選任する権限のみを与え、理事長の解職は総会において理事長を理事から解任することによってのみ可能とする趣旨であることも充分考えられます。
標準管理規約のもとでは、理事長は管理者であり、理事長を解職されれば管理者の地位も失うと考えられることからすれば、総会決議によらずに理事長を解職できる旨の規定は区分所有法25条1項の原則に対する別段の定めにあたることになります(引用した最高裁判例解説でもそのように説かれています。)。
法定の原則に対する「別段の定め」であれば、なおさら明示的な規定とすることが相当であり、標準管理規約が明示的に規定していないのは、別段の定めを置く趣旨(管理者=理事長の解職権限を理事会に与える趣旨)ではないからだと考えることに合理性があるともいえるでしょう。
「見直し検討会」で上記の問答をした委員は、法律問題に関するリテラシーの乏しい人なのだろうと推測せざるを得ません(沈黙していた他の委員が内心でも異論がなかったのかどうかまでは分かりませんが)。
ところで、世間の多くのマンションは、標準管理規約に準拠した規約を制定しています。その結果、マンション管理を巡って紛争を生じた場合には標準管理規約の解釈を参考に規約の規定を解釈・適用して解決を目指すことになります。すなわち、マンション管理関係の法律問題に携わる実務家は、標準管理規約とその解釈を巡って日々、右往左往しています。
その標準管理規約の規定が法的な規範を記した文章として、充分に熟したものとは思えないことに時折、辟易することがあります。
しかし、それは、上に引用したような標準管理規約改正過程における議論の質を考えると、当然のこと、というべきなのかも知れません。
標準管理規約の改定について、民間人を入れて審議をするなら、委員には(上記「見直し検討会」のように)デベロッパーやマンション管理会社の役員等を入れることも結構ですが、半数は法律専門家にして欲しいと強く願います。