マンション管理組合の監事は理事会で理事の業務執行の妥当性(適当・不適当)について意見を述べることができるでしょうか。
「そんなこと当たり前でないか」と思われた方もおられるかもしれませんが、反対の見解を述べる文献があります。
稲本洋之助他編著『コンメンタール マンション標準管理規約』には、「監事は、法令、管理規約および総会決議事項に違反する事項および著しく妥当性を欠く事項については、意見を述べることができるが、これに抵触しない業務の執行一般についての適当・不適当については、意見陳述権はないものと解する。」との見解が記されています(同書131頁)。その理由については「そうしなければ、監事に業務執行権がないにもかかわらず、業務の執行に介入することになり、自己の意見が採用された事項について監査することは、自己監査となり、監査の厳格性、公平性からみて問題があるからである。」と述べられています(同書同頁)。
一見もっともらしい理由付けですが、よく考えると、論理の飛躍があります。
後段の「監事が自らした提案が採用されることになれば監査の厳格性等に問題を生ずる」という論理は一応よいとして、そこから導かれるのは、せいぜい監事が自ら提案することを制限する必要性であり、意見を述べることを制限する必要性ではないはずです。「『意見を述べること』が必然的に『提案』に結びついてしまう」というのかも知れませんが、その事情は、適法性の観点で意見が述べられた場合であると、妥当性の観点で意見が述べられた場合であると、異ならないでしょう。妥当性についての意見を禁じる理由にはなりません。
結局、上記の理由付けに依拠するなら「監事は一切、理事会で意見を述べてはならない」としなければ論理的に一貫しないでしょう。しかし、それでは標準管理規約第41条3項の明文に反しますから、標準管理規約の解釈として採用し得ないことは明白です。
要するに上記理由付けは、「適法性について意見を述べて良いが、妥当性については沈黙しなければならない」とすることの合理的な理由になりません。
ちなみに株式会社の監査役は、会社法でその職務権限を適法性監査に限定されていますが、それでも「業務執行の不当性が一定限度を超えると善管注意義務違反として違法になるから、監査役は、取締役の職務執行に不当な点がないかを監査の出発点にせざるを得ない」「違法な業務執行を早い段階で未然防止することは必要であるから・・・監査役が・・・取締役会において意見を述べる際には・・・妥当性の問題だとして制約を受けるべきではない」と解されています(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』532~533頁)。この理は、管理組合の監事にも妥当するでしょう。
このことを踏まえると、標準管理規約第41条3項は、稲本他前掲書の見解が指摘する「自己監査」の弊害よりも、監事の自由な意見陳述によって法令・規約違反の業務執行を未然に防止することの利益を優先して、監事に対し、理事会における意見陳述権を認めたものと理解できます。そして、その趣旨を全うするなら、意見陳述の範囲は、適法性に限らず、妥当性に及ぶと解する必要があり、逆に妥当性に及んではならないとすべき合理的な理由がない以上、妥当性にも及ぶと解することが相当です。
稲本他前掲書の執筆者には法律家でない方が含まれていることもあり、少なくとも当該部分については、さほどの権威を認めることができないと私は思います。