1 理事長が管理組合を代表して提訴する場合
標準管理規約では,滞納管理費等の請求について理事会決議に基づいて提訴できるものとされています(60条4項)。規約にこのような条項があれば,総会決議を経ずとも理事会決議に基づいて提訴することができます。
では,規約にこのような規定を欠いている管理組合の場合はどうでしょうか。
この場合は,総会決議を経ることが必要と考えられます。
理由として,2つの問題を指摘できます。
まず,総会決議なしに提訴することについて理事長に組合員全員との関係で裁判上の代理権があるのか,という点です。法人格のない管理組合も「権利能力なき社団」として訴訟の当事者となりえますが(民事訴訟法29条),その場合に代表者に認められる裁判上の代理権については代表者の定めの趣旨によると解されています(中野貞一郎他編『新民事訴訟法講義[第3版]』136頁)。
理事長が管理組合を代表して訴訟提起できることについて規約に明記されていなければ,裁判上の代理権を有することが(解釈の余地はあるとしても)少なくとも明確とはいえません。もしも,代理権がないと裁判所に判断されてしまえば,訴訟要件を欠いていることになり,訴えは却下されてしまいます。
次に,総会決議なしに提訴することが内部手続きとして規約違反でないのかという問題があります。標準管理規約では「管理組合の業務に関する重要事項」については総会の決議を経なければならないと定めています(48条15号)。規約にこのような規定があり,かつ理事会決議に基づいて提訴できる旨の規定を欠いている場合,提訴にあたって総会決議を経ることが内部手続きとして必要と考えた方が無難でしょう。訴訟提起は「重要事項」にあたるとされる可能性が高いからです。そうすると,理事長が総会決議を経ることなく訴訟提起した場合,規約違反の違法な行為に及んだものとして,理事長等が,後日,管理組合から訴訟に要した費用の損害賠償を求められるおそれが出てきます。
2 理事長が管理者として区分所有者全員を代理して提訴する場合
規約で理事長が管理者として定められている管理組合の場合,区分所有法26条4項に基づいて,理事長が管理者として区分所有者全員を代理して提訴することも考えられます。同項は,管理者は「規約又は集会の決議により」その職務に関して原告又は被告となることができると定めています。したがって,規約において管理者である理事長が滞納管理費等の請求について訴訟提起できる旨の条項があれば(又は管理者の職務全般について訴訟提起できる旨の条項があり,かつ管理費の請求が管理者の職務に含まれていると解釈できるなら),改めて総会決議を経ることなく,提訴できます。他方,そのような条項がない場合は,総会決議を経なければならないことになります。